水木しげる最高傑作!「のんのんばあとオレ」感想(ネタバレ)
ゲームやりたかったけど、感動が薄れぬうちに語りたい。
隣町の本屋に行ったら、水木しげる追悼コーナーが(申し訳程度ですが)ありまして、そこから父がこのマンガを購入しました。
で、感想聞いたら、「これは水木しげるの最高傑作だ」と絶賛してたので借りて読みました。
そしたら、父の評価は正しいと感じました。
まず驚いたのが、主人公・村木茂(少年時代の水木先生自身をモデルとしてる。水木氏の本名は武良茂)が三人の少女と繰り広げるラブストーリーであるところ。
まさか、水木さんがド直球の恋物語を描いていたとは思わなかった。しかも結構かわいく、特に二人目の少女・千草は美少女として描かれている(水木ファンには言わずもがなですが、水木先生は美女描くの意外と上手い)。
最初の恋人(と断言されている)、松ちゃんの話、実はそれほど多く語られてないです。茂が小学校にも入ってない頃の彼女なので、あまり覚えてないのは無理もない。なぜかブタとネズミの区別がつかなかった子w。彼女の印象的なエピソードは…、恥ずかしいし、うかつに書くと変態扱いされる代物なので語らないでおきますw。
この松ちゃん、ハシカにかかってあっけなく死んでしまいます。その直前にのんのんばあ(茂の世話を焼いてくれる老婆。実在の人物「景山ふさ」をモデルとしてる)の夫も亡くなっていて、茂は人の命が儚いことを学びます。
のんのんばあの夫といえば、彼の葬式に際し、
茂「あー は どげえしただ」
のんばあ「あの世からきたものに 死者を渡すのだ」
茂「うんじゃあ おらも 墓に残る」
のんばあ「子供は だめだ」
茂「だめでもええ 鬼が魂を取りにきたとき オラもあの世をみせてもらう」
水木さん、このくだり描いた際、「ガキの頃の俺は何と大それた、命知らずなことを言ったのだろう」と反省してたのではと推察しますw。子供って命知らずな生き物ですよね、自分の過去を思い起こしても。
茂が次に出会った女性は千草といって、肺病にかかって鳥取まで療養に来た(千草本人は「田舎に捨てられた」と思ってる)、儚げで「生きているとは思えない」と茂に評される、前述通り美しく描写されてる少女。この頃茂は小学四年生、千草は女学校一年だったので茂10歳、千草13歳くらいかな。
初めこそ千草に「甘ったれている」と暴言を吐いてしまう茂でしたが、すぐ反省して頭を下げ、また千草も「私は甘えていた」と非を認め、親密な仲に進展します。
茂が当時描いていた絵物語は周囲から面白いとほめられてましたが、千草も茂の才能がうらやましいとまで評価します。もっとも茂はそれをおべっかと捉えたみたいですが(笑)。
ドーナツの話もいい。当時大変な美味だったドーナツを茂は苦労して買いますが、(これ、千草に贈ろうかな)と一旦思います。しかし、(いや、あいつはお金持ちでドーナツなんて当たり前に食ってて、馬鹿にされるかもしれない)と思い直して、自分で食べてしまう。なのに、後で千草に会ったら、「私ドーナツ大好き」と言われてしまい、後悔しますw。
で、今度こそプレゼントしようとドーナツを買ってきますが、ここで千草の容態が急変。具合が悪くなったなどというレベルではなく、とうとう死に瀕します。
ここでの千草は、「私は死ぬのが怖かったけど 今は全然怖くないの おばあさん(のんのんばあ)や茂さんが 死んだ人間は十万億土(極楽)へ行けると教えてくれたから 私は幸せ者ね みんなに親切にしてもらって 境港に来て本当に良かった」……………かける言葉がない。
茂、千草から頼まれて、「十万億土」の絵を描いてます。残り時間が少ないのを茂もわかってて、必死で描いてるのに、周囲がトラブルばかり起こして、いら立ちます。しかし父から助言をもらって、改めて取りかかります。そして…。
茂と千草は十万億土の入り口、一万億土で虹をスワンボートで渡り、三万億土、七万億土と進み、お菓子のなる木に舌鼓を打ち、楽しい、本当に楽しいひと時を過ごします。そして十万億土に白鳥に乗って入ろうとするところで、茂の白鳥だけ千草の白鳥と別れ、地上に降りようとします。そして千草は茂に心からのお礼とお別れを…。もう言わずともわかりますね。この極楽の光景は茂が死力を尽くして描いていたものでした。
ここは泣きました。しかもマンガ読んでた際だけじゃなく、このエントリ書きながら、泣いてしまいました。原稿書いてて泣いたの生まれて初めてだ…。
千草の死を悼んでいる茂に、のんのんばあはとても深い教えを授けます。
のんのんばあ「千草さんの魂が しげーさん(のんのんばあは茂をこう呼ぶ)に宿って 心が重くなっちょるだがね」
茂「魂は十万億土に行くんじゃないのか」
のんばあ「大部分はそうだけど 少しずつ縁のある人の心に残るんだがね(中略)人の心はなあ魂が宿るけん成長するんだ(中略)石には石の魂があるし虫には虫の魂があるけんな そげんさまざまな魂が宿ったけん しげーさんは成長したんだなあ でも時に宿る魂が大きすぎることがあってなあ」
茂「今のオレか…」
のんばあ「これからはもっと重い魂が宿るけんなあ」
茂「もっと!?」
のんばあ「でもしげーさんの心も 重たさを持ちこたえるくらい 大きくなって大人になっていくんだでね」
肝に銘じたい教えですが、「もっと重たい魂」とは水木しげる自身が戦争で多くの戦友を亡くしたことを踏まえた台詞と考えます。戦友のことを考えて書いたと思われる台詞はもう一つありまして、それは後で触れます。
実のところ、「結核(多分)にかかった美少女が、田舎に療養に来て、そこで少年と恋に落ちて、けっきょく命を落とす」とは結構よくあるステレオタイプな話です。が、千草編の見どころはそこではなく、千草が茂やのんのんばあとのひと時を楽しみ、そのおかげで死を恐れなくなり、最期に茂の描いた十万億土へ旅立って行ったと、こんな物語は水木しげるにしか描けない!
三人目の女は吉川美和。茂が妖怪に取り憑かれて、窮地におちいってるのを、偶然通りかかって助けます。この頃、茂六年生で12歳くらい、美和は7歳ですが学校には行かせてもらってません。
美和は猪熊家に育てられています。妖怪が憑いている家を格安物件として買って住むことにした猪熊家に、のんのんばあはお手伝いとして(夫を亡くした後の、のんのんばあはお手伝いを生業としていて、村木家にも雇われていました)就職します。
しかしのんのんばあ曰く大層いけ好かない家で、主人は女衒か人買いではないかと勘ぐります。
美和は霊感、直観の鋭い子で猪熊の家についてる妖怪を慰め、石や空や海の気持ちがわかります。茂が集めた石の激怒を感じてそれを鎮めるため妖怪を封じようとしたり、怒りを止めた暁に妖怪のパーティーへ茂と一緒に参加出来たりと、鬼太郎の如き活躍をw。
このことで茂は美和を「宇宙人のように不思議な子だ」と気になり始めて、美和は茂の優しさに惹かれます。もちろんのんのんばあとも仲良くなります。
さて、猪熊家で働くのんのんばあ、主人を人買いだと疑っているうえに、一家のあまりにひどい美和への態度に、温厚なのんのんばあもついに堪忍袋の緒が切れます。
のんばあ「奥さんは美和ちゃんを どげなさるつもりですか」
猪熊夫人「あんたには関係あらへん」
のんばあ「学校にも行かしてもらえん 友だちもおらん きれいな恰好したら怒られる そげな美和ちゃんが あんなに生き生きしちょるのは だれのおかげだと 思っちょるんですか」
そしてあんみつ屋での主人の行動で「猪熊は美和ちゃんを神戸に女郎として売るつもりなのだ」と確信します。
それを聞いた茂、当然美和の身を案じ、悩んだ末父に「美和を買ってくれないか」と訴えます。父は呆れますが、茂は「それしか方法を思い付かない」と食い下がります。父は、
父「百歩譲って買うとしてお金はどうする?」
茂「おじいちゃんに借りる」
父「それはいかん肝心なところを 人に頼ったらだめだ」
茂「だめか…」
父「この家を売るか」
茂「えっオレはなにもそこまで…」
父「茂 本気で人を救いたかったら そのくらいのこと 覚悟せにゃいかんのだ その子は幼い身空で不憫だが 人間はだれしも住みたい場所に 愛する者と一緒に暮らせるとは限らんのだ」
村木家父、今まで触れてなかったけど、要所要所で茂にとてもカッコいい助言をする好人物。思い付きで映画館を始めて大損したり、銀行強盗が来るのにおびえて、銀行員としての務めを放棄し、時間前に家へ逃げ帰ったり、挙句の果てに銀行クビと、駄目親父なのですが、よきバイプレーヤーです。
茂の兄が「美和をどこかに隠して 人買いに反省を促す」アイデアを思い付き、茂は実行しようとしますが、のんのんばあの「反省などするわけがない」「小さい町だから いつまでも隠し通せない」と年の功が利いた反論にぐうの音も出ません。
自分がどうなるか薄々気づき始めた美和は、めしがのどを通らなくなってしまいます。これでは売れなくなると危惧した猪熊は、そこで美和と仲のいい茂に、「美和を元気づければ金でも何でもやる」と頼みますが、茂が聞くワケ、ないよねえw。どころか、たまりかねた茂、猪熊に殴りかかります。もちろん、猪熊も反撃します。
争いを制止しようとするのんのんばあをも殴った猪熊に(老婆を殴るって最低…)、茂は火に油ですが相手は人買いだけあって全くかないません。のんばあも本当に怒ってたので猪熊に噛みつきますが(優しいのんのんばあが暴力を振るうとは、彼女もはらわた煮えくり返ってた)、少年と老婆では勝てるはずもなく、自分のために好きな人たちが傷つくのに耐えられない美和は、ちゃんとめしを食うと約束してしまいます。
翌日、美和は家出します。そして自分が芸者として売られるのを知ります。教えたのは、茂でものんのんばあでもなく…彼女の死んだ母親でした。
茂、美和、のんばあが見ている海の上に美和の母の魂が降臨します。母は「神戸に行きなさい」と娘に告げます。
納得行かない茂は、美和母に「行かないように何とかしてもらえんか」と迫りますが、「迷惑をかけてはいけない」と娘を諭します。なんとか食い下がろうとする茂にのんのんばあは、
のんばあ「でもしげーさん 美和ちゃんがこの町に残ったとしても あの(猪熊の)家族と一緒では 決して幸せになれんと思わんか」
(中略)茂「美和 行きたくないんだろ」
のんばあ「しげーさん そげなこと言うたら 美和ちゃんは つらくなるばっかりだが……」
そして、美和は自分の運命を受け入れます。美和も茂ものんばあも、そして美和のお母さんも、泣きながらがんばれと別れを告げます。
…ここの、のんのんばあの台詞、泣く台詞ではないですが、深ーく感動しました。のんばあは、おためごかしでも慰めでも、同情でもない、本当の優しさを持ってる人なのだと。茂はまだ若いので「人生なんてどうとでもなる!」と考えがちな少年ですが、のんばあは「この世はどうにもならないことだらけだ」を深く知っているおばあさん。故にありもしない希望を与えて、慰めようとは決してしない。こう言ったら笑うでしょうが、生まれて38年、ここまで優しい人を初めて知りました。しかものんばあは実在の人物をモデルにしてる。素敵な人に育てられたんですね、水木しげる先生。
思いつめて眠れない茂に、父はまた助言をします。
父「何がつらいといって 親しい友を救えないほどつらいことはないんだ」
私はこれも水木先生が戦友を想って書いた台詞だと考えてます。多くの戦友を救えなかったのをずーっと後悔して、負い目を感じて戦後70年生きていたのだと想像します(その心中を察するだけで涙が…)。だから不謹慎だけど、水木さんはようやくその重荷から解放されたのだと(あの世があるのであれ、ないのであれ)感じてるんです。
ラストシーンもよかった。
のんばあ「美和ちゃんはなあ たたりもののけだって おとなしゅうなるくらいに 優しい心の持ち主だけん きっと幸せになれるよ」
茂「ああ なってもらわんと 困るが」
のんのんばあも茂も、美和が売られるのは諦めても、彼女が幸福になるのは諦めていないのです。改めて、のんばあは茂より美和より優しい人。そしてその優しさを、茂も美和も継いだのだと思う。美和については確かめようがないですが、そう信じてます。
いやー、涙なみだの感動作でした…。水木マンガで泣いたことはあまりなかったので、この作品には驚きました。今回は引用に不正確な表現をあえて入れました。台詞をただなぞるのが「伝える」ことではないと思ったんです。それにしてもまたすごい時間使ったな。そんなつもりではなかったんだがwww。私ホンット加減を知らんなw。
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